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 ■旅の途中ではビックリするようないくつかのハプニングがありました。がしかし、そんなも終わってみればステキな思い出。
   そんな面白エピソードをご紹介します。
 
エピソード@暗証番号忘れるべからず

いよいよサンフランシスコを出発という日、SF空港で母がATMで現金を引き出したいとのことだったので、私と2人で近くのATMに行った。
持って来ていた2種類のクレジットカードのうち、ATMで使用可のVISAカードを挿入。暗証番号を入力しようとしたその瞬間、母はそのカードの暗証番号を忘れてしまい、すっかり思い出せなくなってしまった
あれかしら、これかしらなどと言いつつ、思い当たる暗証番号を入力し3・4回トライした後、結局そのクレジットカードは無効になってしまった。ガ〜ン!まだ初日だというのに、もうそのカードを使って現金引き出しができなくなってしまった。なんてこった。

頼みの綱はもう一つのクレジットカード---JCBカードだった。しかしこれは日本のカード会社であり、アメリカで取り扱っているATMやお店は数少ない。そしてSF空港の国内便デパーチャーレベルには取り扱いATMがなかったので、仕方なく諦めることにした。(ちなみにSF空港インターナショナルデパーチャーにはJCB取り扱いATMはあります。)

幸いラスベガスにはJCBカード取り扱いのATMがあり、1回で引き出せるリミットぎりぎりの現金を引き出すことができたのだが、この後のグランドキャニオン・セドナ・フェニックスでは残念ながら一度も使うことができなかった。

VISAカードが使えなくなるということは、どうしても現金に頼るしかない。しかしその現金も手にしてないんじゃ何もできなくなる。もうこれは致命傷だわ。ぜひとここんなことの無いように最低2枚の使えるクレジットカードを携帯した方がいいね。っていうか、暗証番号をキチンと覚えておこう!

 

エピソードAラスベガスから出られない!

ラスベガスの空港でレンタカーを借りた際、レンタカー会社のスタッフに地図をもらい、ディレクションもしっかりチェック。 「いざ、ラスベガスに向けて出発!」と意気込んでいた。しかし地図通りに走っているはずが、なかなかフリーウェイに辿り着けない。途中セブンイレブンに入って道を確認するとようやくフリーウェイにのることができた。まだ慣れない車の調子を見ながらも、スイスイスピードを出しつつ先を急いだ。

が、ここで何かおかしいことに気づいた。通り過ぎる看板全てに「Salt Lake City」と書いてある。本来ならば「Williams」とか「Phoenix」じゃないといけないはずなのに・・・・。不安になったので次のExitでフリーウェイを降りて再確認。

「やってもうた・・・・」

やはり逆に走っていた。南に走らなきゃいけないはずが、北に向かって走っていたのだ。なんともアホな私。フリーウェイのサインを見てほっとしたのか、ノースかサウスの看板を確認せずにそのままフリーウェイに乗ってしまったのだった。

気を取り直していざサウスへ。走ること20分。またしてもラスベガスのダウンタウンが見えてきた。なんてこった〜。結局のところ、ラスベガス付近で1時間近くウロウロしていたのだ。「何をやっているんだ私は!」と少々自分に呆れてしまった。

 
エピソードBドシャブリの雨の中

ラスベガスからグランドキャニオンへ向かう道中、I-40上でものすごいスコールに遭遇してしまった。しかも2回!これはnasaドライブ史上1・2位を争うほどのの激しいドシャブリ。前方の山の上には恐ろしい雷が何度となく光っているし。そりゃあもう恐かった。

あれは確かI-40のKingmanからWilliamsの途中だったと思う。道の両サイドは枯れた草原という景色の中を走っていた時だった。前方にはいやぁ〜な色の雲が広がっているのが見え、「あの中に入っていかなければいいなぁ〜」と内心思っていたところ、いつの間にやらその雨雲の元へと入り込んでいた。
ポツ、ポツと雨が降ってきたと思ったら、その数秒後には激しい雨に変わってしまった。ワイパーも慌しく左右に動きまくっているも、雨をはじくには追いつかないほど。ハンドルを握る手は10時10分。前の車のテールランプを必死で追うけれど、早すぎて追いつけない。追いつきすぎても危険な距離になってしまいそうにもなる。車線変更なんてもってのほか。とにかくゆっくり(時速15〜20マイルくらいだったか)、早くこの雨雲から逃れるようにと願いつつ、ビクビクしながら運転していた。

およそ10分くらいだっただろうか、ようやく雨雲から抜け出したのもつかの間。連続して他の雨雲に遭遇してしまった
今度はさっきのよりももっと激しいものだった。あまりの激しさに恐くなり、前後の車同様、道路脇に寄って雨が止むのを待つことにした。徐々に路肩に寄ると突然ガタガタガタ・・・といってエンジンが止まってしまった!何と!こんなところでエンストかい!オートマの車なのに・・・。しかもこんな時に・・・・。もうとにかく焦る焦る。口から心臓が飛び出そうなくらいドキドキしてしまっていた。

幸い車のエンジンはすぐにかかったので良かったのだが、私のエンジンはすぐにはかからず。しばらくそこでじっと待つと同時に自分の心を落ち着けることにした。
まだ土砂降りの雨は続いていた上に相変わらず雷もすごかったが、どんなに待っても小ぶりになりそうもなかったし、自分も運転できそうだったので、がんばって走り出すことにした。前を走るテールランプを必死で追いながら、私の体は前のめりになりつつも前進、前進。なんとかこの雨から逃れることができた。

それにしたってこんな状況、なかなかお目にかかれることはないでしょう。終わってみれば「おもしろかった」と言えれるが、運転しているその時のあのドキドキ加減といったら、小さい頃ぬかるんだ田んぼの中に入って足が抜けなくなった時より更に上回っているわ。(ってよう分からん)

ま、とにかく良い経験でした。残念だったのは、あのものすごかった稲妻の写真が撮れなかったこと。やっぱり走りながらの撮影は難しい。

 
エピソードCお父さん、がんばって!

グランドキャニオン2日目。
自信はなかったものの、やはりここまで来たらグランドキャニオンの谷間に降りていかないわけにはいかない。あそこに行ってこそ、またグランドキャニオンのすごさが分かるってものだから。

父も同様、トレイルを歩くことに関しては不安があったらしい。ブライト・エンジェル・トレイルをスタートする前、「1時間歩いたら折り返そう」などと言っていたし、1人でも折り返して登り始める予定だったらしい。
でも結局のところ、2時間歩いて3マイル地点まで下ってしまったのだ。下りは勢いがあるし、足がどんどん前に進んでしまうから「行ける!」と思ってしまうのだ。しかし、登り始めてからすぐにその「辛さ」を痛感し始めた。

登り始めの頃は10分又は15分くらい歩いては休憩にしていたのだが、父はだんだん足に疲れを感じ始め、ついに足が攣り始めてしまったのったのだ。そこからはもう大変。歩ける距離が15m、10m、5mとどんどん短くなる。足を休めて固まった足の筋肉を揉み解してもまたすぐに攣ってしまう。
実は母はマッサージ師(副業)であるので、休憩する度に固まった父の筋肉をマッサージしてあげていたので、まだ何とかなったのだが、1度だけものすごい痛みに襲われ、筋肉がぴくぴくするほどになったときはさすがの母も触ることができず、道端に転がって休むしかなかったのだった。

休憩する度に通り過ぎていく人たちが「大丈夫か?」と声を掛けてくれる。ありがたいと同時にみんなやさしいよ。私もうれしかった。しかし、道端で寝転がってしまっている時、ちょうどGCのレンジャー隊員の1人が通りかかったときには「いかん!」と思った。というのも、なるべくならレンジャー隊にはお世話になりたくなかったから。「どうしたの?大丈夫?」などといろいろ聞かれたが、本人も休めば大丈夫と言っていたこともあったので、とにかく「大丈夫です。母はマッサージ師ですから」などと答え、お世話にならずに済んだ。

この後も5分歩いては10分休みながら、頻繁に休憩をしながら気長に登り続けた。父にとって、その先は思ったよりも長く、険しいものに感じたに違いない。幸い私は何度となく休みを取っていたので、苦しい思いをせずに歩くことができた。

およそ4時間かけて登り歩いた後、ようやくスタート地点に帰ってくることができた。朝9時過ぎにスタートしてからはおよそ6時間。そりゃあもう長かった・・・・。
何とか歩くことができた父ではあったが、「下り1時間でやめておけばよかった」などと言い、かなりの後悔をしていたと同時に、「自分の身の程を思い知った」と自分の体力の衰えを感じているようだった。けれども、今回のこのトレイルを歩いたこと全てが父にとって良い経験になったようだった。当然のことながらいろんな意味で私にとっても良い経験になったのは間違いない。

 
エピソードDカイカイ虫

グランドキャニオン2日目。朝9時過ぎから6時間ほど掛けて’ブライト・エンジェル・トレイル’を歩いた。
2時間下り、3マイルポイントで折り返して登り始めてからというもの、少しずつ体に汗をかき始めた。途中涼しい風が体に吹いてくるものの、ほんのちょっぴり体の表面がべトづく感覚もある。

休憩している際、なんとなく体にかゆみを感じて腕をかいていたのだが、よく見るとものすご〜い小さいハダイロの虫がたくさん皮膚についている。「うわっ、気持ち悪っ!」といわんばかりにその虫達を追い払うのだが、しばらくするとまた付着してくる。そしてこれは休憩する度に起こったのだった。

次の日、そのかゆみはまだ残っていた。見ると腕全体(特に肘上)や鎖骨付近に赤い斑点がたくさんあるではないか!ナンじゃこりゃ!
この原因、やっぱりあの虫しか思い当たらない。無性に腹が立つ。
結局このかゆみ、SFに帰ってからも続き、5日間くらい腕をボリボリかき続けていた。

 
エピソードEお父さん失踪事件

グランドキャニオン3日目。 この日はシャトルバスにてウェストリムに行ってみようということになった。
所定の場所からバスに乗り込み、いくつかあるポイントのうち’マリコパ・ポイント’で降り、またバスに乗って次のポイントである’パウェル・ポイント’まで行き、そこから歩いて’ホピ・ポイント’に行こうという話をしていた。(下地図参照)

最初のポイント、’マリコパ・ポイント’で予定通りバスを降り、それぞれに景色を観た後、そろそろバス停のところに戻ろうかというとき、いきなり父がいなくなってしまった。そんなに広くもないこのポイント、探せばすぐに見つかるはずなのに見つからない。パウェルポイントに向かってトレイルがあったので、そちらを捜し歩いてみるも、途中フェンスが行く手を阻んでいる。そんな先を父が行くはずない。
さて、どこへ行ったんだろう。まさか、崖から誤って落ちてしまったのか・・・・・。焦る私と母。2人でどんなに探しても見つからない。もしかしたら1人で先にバスに乗って次のポイントに行ったのかもしれないと、母と2人でバスに乗って次のパウェル・ポイントへ。

しかしここにも父はいない。困った。とりあえず歩いてホピポイントへ行ってみた。しかしここにもいない。いったいどうしたんだろう・・・。だんだん不安になってきた私たち2人。
こうなったらバスの運転手に頼んで、各バスに連絡を取って探してもらうしかない。そしてホピポイントに来るバスの運転手に「日本人男性を見なかったか?」と聞いてみたけれど、どの運転手も分からないと言う。

走行するうちに、すでに1時間半近く経ってしまった。歩いて最初のポイントへ戻ってみてもやはり見つからない。母はもうすでに冷静になれない。「日本人男性を見なかったか?と聞くには英語でなんていえば良いのか?」なんて言い出すが、実際に私が英語で言ってみたところ覚えられない母。焦りは募る一方。
こうなったら仕方がない、私はバスに乗って終点である’ハーミッツ・レスト’まで行き、母は私達の車のところへ戻って二手に分かれることに下。最悪な場合は、GCのレンジャー隊に捜索願いを出すしかないなと考えていた。そしてもしかして崖から落ちたのではないか。そうだとしたら大変なことだとどうしようもない不安に駆られながらバスに乗り込んた。

そしてホピポイントから次の’モハビ・ポイント’のバス停エリアに入った時、ちょうど下りのバスもエリアに入ってきた。ふとそのバスの中に目を遣ると、なんと父の顔があるではないか!「お父さん!」と呼びかけようと思ったが、大声を出すわけにも行かなかったし、とりあえず何事もなく本人を見つけることができあので、すぐさまそのバスを降りて次の下りのバスを待った。きっとこのまま下って所定のバス停(スタート地点)に戻って私達を待つか、または車のところに戻るだろうと思っていた。

「何事もなくてよかった」とほっとした私。しっかり’モハビ・ポイント’で景色を観、写真を撮った。

私も車に戻って父の’失踪’した言い分を聞いた。
どうやら歩いて移動するポイントを間違えてしまったらしい。予定の’パウェル’→’ホピ’ではなく、’マリコパ’→’パウェル’を歩いてしまったとのこと。父は私達が自分の後を付いて歩いているものと思っていたが、途中で来ないことに気づいたらしいが、そのうち来るだろうとそのまま歩き、次のポイント以降もバスに乗って終点の’ハーミッツ・レスト’まで行ったとのことだった。しかも、そのポイントでちゃっかり飲み物まで飲んでいたらしい。何と!もう私と母は呆れる一方だが、とにかく無事でいてくれたことにほっとしていたのだった。

 
エピソードFトイレの詰まった部屋

グランドキャニオンではトータル3泊したのだが、3泊目は’Rodway Inn-Red Feather Lodge’から’Yavapai Lodge’に移った。
その夕方ロッジのフロントで受付をし、キーをもらって部屋に入ってすぐ、トイレに入った。トイレのふたを開けると、なんと死んだハチが水に浮いているじゃないの!なんだこりゃ!いい加減なハウスキーピンぐめ。
ま、そんなことは水に流してやろうと、とりあえず用を足しフラッシュしたところ、何と今度は水が流れないじゃないの!ひどいよ〜。何とか水が溢れないように、時間を置きながら何度もフラッシュしたが、やはり普通には戻らなかった。

疲れているのにこんなことで悩まされるのはごめんだと、腹立たしさを押さえながら車に乗ってフロントへ戻り、部屋を変えてくれるようにお願いしたところ、幸い別の部屋が空いているので変えてくれるとのことだった。

正直、トイレの詰まりにはうんざりするほどの経験をしている私。こんなところまで来てまだ体験するとは思ってもみなかった。こんなことは勘弁ならぬ、’勘便’です。

 
エピソードG空腹は災いの元

グランドキャニオンからセドナに移動する日、ロッジをチェックアウトしてそのままグランドキャニオン空港へ向かった。セスナツアーに参加するためだ。
前日のうちに1時間コースの予約を入れておいたのだが、当日フロントで受付する際、その飛行機会社の都合により同料金で1時間半コースに変えてもらえないかというオファーを受けた。これはおいしい話。変えない訳がないと、そのオファーを快諾した。

チェックインした後、30分ほど待ち時間があった。この間ただ外に出て飛行機やヘリの発着を眺めていたのだが、フライト時刻に近づくにつれだんだんお腹が空いてきてしまった。そしてついには体がガクガクするほどになってしまい、両親に何か食べ物を求めたが、あいにく誰も何も食べ物を持っていなかったので、仕方なく我慢することにした

そしてフライト時間になると、セスナのパイロットの案内によって実際に乗るセスナの元へと移動し、写真を撮ったりした。
私たちの他に1組の夫婦と思われるカップルも同乗したのだが、パイロットを含め全部で6人乗り。最後列に両親が2人並んで乗り込み、私はパイロットの隣に乗り込んだ。
私は 初めて乗るセスナ、始めてみるパイロットの操縦風景にかなり興奮気味だった。もうすぐ離陸というときも自分が空腹だと言うことはすっかり忘れてしまっていた。

しかし離陸して2・30分後、何となく具合が悪いなと感じ始めた。それまでは窓から見える景色に感動し、バシバシ写真を撮っていたのだが、次第にその余裕がなくなってきた。パイロットの声が聞こえるように付けていたヘッドセットも、耳に当たる圧力が邪魔に感じ、圧迫されて余計に気持ち悪くなる。最終的にはヘッドセットも外してしまった。

もう気分が悪くなると景色もどうでもよくなる。とりあえず目をつぶって下を向いているのだが、パイロットの隣に座っている為に何だかとっても恐縮してしまう。がんばって景色を観ようと思うけれどもすぐに込み上げが増してくるので、また下を向いて寝ようとする。パイロットには「具合が悪いのよ〜」というオーラを出して何とか分かってもらいたかった・・・・。

当初の予定なら1時間で変えれるはずが、1時間半のコースに変更になったのでそりゃあもう時間が長い長い。10分おきに時計を見ては「早く帰りたい」と思っていた。

やっとのことで空港に戻ってセスナを降りたときはもうかなりダウン状態。真っ青な顔をしていたらしい。両親もさすがに心配していた。パイロットには「具合が悪くなったのか?たまに飛行機酔いをする人がいるんだよ」と言っていたが、確かに酔ったのは間違いないだろうが、その原因は空腹にあるんだよ!と訴えたかった
とにかく弱っていた私だったが、この後すぐにセドナに向かわなければ午後2時の’ジープツアー’に間に合わないので、30分ほど休んで完全に気分が回復しないまま、セドナに向けてドライブを開始したのだった。

それにしても空腹で酔ってしまうなんて・・・。父の忠告を受けて何か食べておけばよかった。わざわざ車に戻ることが面倒くさくて我慢してしまったのがいけなかった。おかげで楽しめるものも楽しめなかったよ。アホな私だった・・・・・。

 
エピソードHタバコ落としてしょんぼり三

父はかなりのタバコ好きだ。しかしSFに来てからというもの、タバコを吸う量がかなり減ったようだ。なぜなら、禁煙エリアが多すぎてなかなかすうチャンスがないためだ。
ラスベガスではカジノは当然のように喫煙エリアだったので、父も遠慮なくタバコが吸えたので良かったようだが、グランドキャニオン・セドナではさすがに喫煙を控えていたようだった。

そんな中、セドナのジープツアー直前にトイレに行ったの父だが、どうやらどこかでタバコを落としてしまったらしい。しかもそのタバコ、開けたばかりの箱だったらしく、相当がっかりしていた。スーツケースの中にまだあると思ったタバコも、実際にはもう切らせてしまったいたので、仕方なくその夜ホテルの近くにあったセーフウェイでタバコを購入。しかし父が買いたいタバコの銘柄がなく、仕方なく別のものを購入した。

それでもタバコを吸う父。そんなにまでして・・・・と半ば呆れる母と私。父にしてみればタバコを落としてしまったことが相当ショックだったらしいのだけれど、どうもその気持ちが分からないのです。

 
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